執筆記

ウィキペディア利用者:逃亡者です。基本的にウィキペディア執筆に関しての日記です。そのうち気まぐれで関係ないことも書くかもしれません。

WikiGap in Kanagawa オンライン

件のウイルス騒動で中止になったイベント「第2回 ひなまつり Wikipedia 女性×かながわ」に代わり、オンラインでの代替イベントとして「WikiGap in Kanagawa オンライン」が開催されておりました。簡単にいえば、神奈川ゆかりの女性関連の記事を、この開催期間中にもっと加筆しよう、どこの誰でもどこからでもオンラインで参加可能、という試みです。

僕も微力ながら、以下の記事を加筆、または新規立項させていただきました。

戸塚文子 (差分)

春口裕子 (差分)

高崎節子 (差分)

江見絹子 (差分)

山代巴 (差分)

姜信子 (差分)

サカイサチエ (差分)

郷静子 (差分)

大藤ゆき (差分)

名倉淑子 (差分)

芝山みよか (新規立項)

和田カツ (差分)

 

唯一の新規投稿、日本のエステティックサロンの開祖である「芝山みよか」氏は、実際にイベントが開催された折に、ご用意された題目を執筆しつつ、余裕があれば持ち込み題材として新規投稿しようと用意していた題材です。

僕自身、身嗜みやファッションには非常に無頓着なもので、このような方について調査する際、エステ、美容、ファッション、女性の着付けといった本を図書館で読みまくるのは、非常に恥ずかしいものがありました(という裏話を、イベント開催時に話すつもりでした)。

なお、芝山みよか氏に関する豆知識として、横浜は西洋式理髪店の発祥の地でもあるそうで、山下公園には「西洋理髪発祥の地」という記念碑もあります。

tokyo-bay.biz

この除幕式が平成元年11月で、当時の新聞記事にはこうあります。

「初の西洋式理髪店の開業者の1人である小倉虎吉さんの愛弟子の芝山みよかさんが除幕を行った」

ということは、西洋式理髪店元祖の小倉虎吉氏と、日本のエステの元祖の芝山みよか氏は、師弟関係という繋がりがあった! これはぜひ記事に書きたかったのですが、この新聞の1文以上の情報が確認できず、芝山氏がいつどのように小倉氏から教えを受けたのかが全く不明で、書くことは断念しました(という、うんちく話を、イベント開催時に話すつもりでした)。

また、お父様の芝山兼太郎氏は、日本の美顔術の開祖といわれる人物だそうで、十分に特筆性ありと考え、敢えて赤リンクとさせていただきました。資料を紐解いてみると、ちょっと面白いエピソードがあって、書いてみたいのですが、男性ですので今回のイベントのコンセプトには合わず、見送りました。いずれ書いてみたいです。

 

また最終日に加筆した和田カツ氏、天秤棒の行商の八百屋を国際流通グループ・ヤオハンへ育て上げ、ドラマ『おしん』のモデルともいわれる女性です(本当は違うらしいけど)

昨年5月の帰省の折、郷里の町角で偶然にも加清純子氏の個展のポスターを見て「面白そう、こんな人が北海道にいたんだ」と新規記事に書いた後、どなたかが『偉人たちの温泉通信簿』なる本を出典として加筆してくださり、興味をもってその本を読んだところ、和田カツ氏の記述があり「『おしん』にはモデルがいたのか!」と初めて氏を知ったという経緯があります。しかし荒木初子といい中川イセといい岡上菊栄といい、なんか僕の書く記事は『おしん』と縁があるなぁ……

恐らくもっと書く余地はあると思うのですが、近隣の図書館で貸出中だったり、このご時世で図書館の開架が入室禁止のために貸出禁止資料が読めなかったりで、現状が限界でした。それでも加筆は3万バイトほどで、十分大量加筆できた……と思ったのも束の間、同日に執筆者仲間S女史が、それを遥かに上回る6万9千バイトもの加筆をなさっており「さすがだ」と思うと共に、自分の思い上がりを思い知らされ、まだまだ精進が必要と痛感した次第です。現在の騒動が落ち着いたら、僕ももっと資料を読み込んで、また書いていきたいと思います。

今回のイベント、他にも多くの皆様が参加され、多くの記事が加筆されました。2月末にリアルイベントの中止決定、3月1日に代替イベント開始という急ピッチにも拘らず、これだけ盛況となったのは、一重に主催者TGさんのご人望といえましょう。オンラインイベントの良きモデルケースの一つにもなったのではと、個人的には思っています。

 

次回イベントはこちらです。

どうかこのときまでには、騒動が収束し、無事に開催に漕ぎつけますように。

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